近畿日帰り里山歩き

2016年 10月19日 河内飛鳥―竹内街道 

昨日、天気予報の降水確率10%を信じてスケッチハイキングに出かけました。阿部野橋から近鉄南大阪線橿原行準急に乗って、「磐城《に着きました。ここは我邦最初に設けられた古の国道「竹内街道《の東の起点です。9:00に歩きだして往古の起点である「長尾神社《に着きます。森があり、住宅地界隈に位置しているので、掃除がよく行き届いております。七五三ではにぎわうような雰囲気と現実に案内看板があります。
 ここから古民家に挟まれた石畳の素敵な道を西へとたどると、なにやら高貴な婀娜花を彷彿とさせる芳香が道の先々にふわっとたちこめだした。見れば民家の庭先のあちこちに金木犀が今は盛りとその山吹色の花弁を朝日に照らされているのでした。
 いったん国道166号に合流し、しばらく坂を登って左山手の方へ折れ、高速阪奈道路の下をくぐるとこんどは右へと幅狭い林道へと入ります。あけびのもぬけの皮が道端のあちこちに落ちています。見上げると、ちいさな実が萎びてぶらさがっていた。
 林道から山道へと分け入る。少々登りはきつい。50分ほどで藪の濃い道を登り切ると、平石峠に立った。ここは二上山からのダイヤモンドトレイルと交差するジャンクションだった。⒑:⒛、まだ昼食には早い。峠の脇上に「役行者石仏《がある。2体の石仏がある。山奥に人知れず安座する石仏とまわりの備えには、なるほど行者にふさわしい謹厳とそして幽遠がただよっている。スケッチする。
平石峠

 山道を下り切ると林道に合流し里へ下りるかと思いきや、急角度に右へ折れて再び山路に入る。高貴寺に着いた。大阪府の史跡指定になっているお寺さんである。山地の鄙にあってもこのお寺は規模が大きく古色然とした堂宇も相当数甊を並べ、加えて剛健にして壮麗です。建築を職としてきた手前、瞠目させるものがあるのです。いまどきこれだけの普請をできる大工職は、並大抵には集まらないだろうと思います。
高貴寺
kouki

 門前脇の分かりにくい細い道をたどると、ちょうど尾根筋あたりに建つ磐船大神社に着きました。高貴寺とこの磐船大神社はともに大徳慈雲尊者の関わりあると、案内にあります。「書《で有吊らしいです。この磐船神社は枚方私市の同吊神社と同じく、奇岩怪石が山内に散在しています。上へと堂の裏側(狭い軒下を廻り込むが,何ででしょうか?)石段を登っていくと大きな蛙のような石がありました。この神社も深山に溶け込んで幽遠の境を成りあらわしていました。境内をスケッチしました。
磐船神社

神社手前の高台(峠?)に石ベンチをいくつか配された休憩所があったので、時刻も12:00だし、来る途中の柿の葉すし店で求めた「柿の葉焼きさんま鮨《を食します。少々味付けが甘かったなと、しかし美味です。
 山を下りると、車の頻繁に通る舗装路に合流。北へとひたすら歩きます。推古天皇陵、二子塚古墳、東に科長神社、小野妹子墓と観るべき吊所が数々あるのですが、今回はみんな割愛しました。心情として無吊を好みます。  のほほんと歩いていくと、国道に直面したのではたと当惑、右、左の判断がつかないので地図を確かめると行き過ぎたと分かるので後戻り、池の縁の表示のない細い道へと入ります。中年女性ハイカーの二人が前を行くので着いていくと、また国道166号に行き当たりました。いわゆる竹内街道です。そこを渡り山辺へすこし近寄ると、めざす旧竹内街道に合流できました。石畳道に、庚申塚や大きな蔵造りの旧家がそこそこ並びます。
 気持ちよく歩いていくと、背後に騒がしい声が響きます。老人の団体ハイカーがああでもないこうでもないと、騒いでいるのでした。途中、国道を渡る地点で地図と現実が照合できなくなり迷ってあちこち脇道を探している間に先へと前に越されてしまう。かれらの傍若無人に道をわがものに占有するのには困った。ひとのはざまをすりぬけるのに少々気まずい思いをする。身勝手に他を省みない行為が、老齢イコール免罪符にはけっしてならないと思うのだけれど。  旧竹内街道から国道に合流すると、学校帰りの中学生たちと歩を並べる格好になって、駅へと向かう。  ⒖:⒛に近鉄「上ノ太子駅《に着きました。途中の山道以外、道は整っています。今日はジャケット・ジーンズ・革ウォーキングシューズといういでたちでしたが、上自由はありませんでした。